ウルグアイのテンサイ(甜菜)生産量は、1960年代後半から1970年代中頃にかけて急激に増加し、特に1976年の833,133トンがピークとなりました。その後は減少傾向が目立ち、1980年代から1990年代にかけて生産量が顕著に落ち込んでいます。1993年にはわずか32,000トンと最低値を記録しました。この推移は、ウルグアイの農業政策、国際市場の動向、および国内需給の変化が影響していると考えられます。
ウルグアイのテンサイ(甜菜)生産量の推移【1961年~2023年】世界ランキング・統計データ
| 年度 | 生産量(トン) | 増減率 | |
|---|---|---|---|
| 1993年 | 32,000 |
-79.43% ↓
|
|
| 1992年 | 155,600 |
-0.53% ↓
|
|
| 1991年 | 156,426 |
-24.96% ↓
|
|
| 1990年 | 208,470 |
47.06% ↑
|
|
| 1989年 | 141,760 |
-44.64% ↓
|
|
| 1988年 | 256,088 |
4.07% ↑
|
|
| 1987年 | 246,063 |
-12.95% ↓
|
|
| 1986年 | 282,667 |
59.47% ↑
|
|
| 1985年 | 177,252 |
-34.63% ↓
|
|
| 1984年 | 271,169 |
-31.14% ↓
|
|
| 1983年 | 393,776 |
7.37% ↑
|
|
| 1982年 | 366,758 |
6.1% ↑
|
|
| 1981年 | 345,656 |
-31.42% ↓
|
|
| 1980年 | 503,994 |
41.29% ↑
|
|
| 1979年 | 356,704 |
-5.1% ↓
|
|
| 1978年 | 375,871 |
-37.03% ↓
|
|
| 1977年 | 596,892 |
-28.36% ↓
|
|
| 1976年 | 833,133 |
45.32% ↑
|
|
| 1975年 | 573,316 |
32.04% ↑
|
|
| 1974年 | 434,200 |
17.21% ↑
|
|
| 1973年 | 370,458 |
8.53% ↑
|
|
| 1972年 | 341,346 |
-24.27% ↓
|
|
| 1971年 | 450,738 |
63.99% ↑
|
|
| 1970年 | 274,851 |
-43.17% ↓
|
|
| 1969年 | 483,638 |
139.59% ↑
|
|
| 1968年 | 201,860 |
-44.28% ↓
|
|
| 1967年 | 362,290 |
-34.67% ↓
|
|
| 1966年 | 554,516 |
42.57% ↑
|
|
| 1965年 | 388,945 |
60.08% ↑
|
|
| 1964年 | 242,976 |
-36.59% ↓
|
|
| 1963年 | 383,203 |
25.88% ↑
|
|
| 1962年 | 304,418 |
80.45% ↑
|
|
| 1961年 | 168,700 | - | |
| + すべての年度を見る | |||
ウルグアイのテンサイ(甜菜)生産量の歴史を振り返ると、1960年代から1970年代にかけては、ある程度の増産基調が見受けられました。特に1976年には833,133トンというピークを記録しており、これは過去最大の生産量となります。テンサイは主に砂糖の原料として使用され、当時の世界的な砂糖需要の増加が、この増産を後押ししたと考えられます。また、ウルグアイ国内における農業の近代化や、砂糖を中心とした農産品の国内・国外市場の強化も、生産量の増加に寄与したと見られます。
しかし、1970年代以降、その成長は留まり、生産量は大きく減少しはじめます。この変化の背景には、いくつかの地政学的および経済的要因が絡んでいます。まず、国際的な砂糖市場の需給バランスの変化が挙げられます。他国、とりわけブラジルやインドといった砂糖大国が価格競争を強化し、輸出に依存していたウルグアイのテンサイ生産農家は採算性の悪化に直面しました。加えて、1980年代の農業改革や政策の転換が、テンサイ栽培から他の作物へのシフトを促しました。
ウルグアイの気候条件もまた、大きな影響を与える要因の一つです。同国は安定した温暖な気候を持つものの、乾燥した年や洪水といった自然災害が時折農業生産を脅かし、テンサイ栽培に悪影響を及ぼしました。特に1980年代初頭に発生した複数の干ばつは生産量を減少させる一因となりました。
政策的な対応の不足もこの傾向を助長しました。他国に目を向けると、アメリカやヨーロッパの諸国、特にEU諸国は、政府の補助金政策や貿易保護政策によってテンサイおよび砂糖産業を長年維持してきました。一方、ウルグアイでは、農業補助金の縮小や市場リベラル化の影響で生産者の競争力が低下し、最終的に多くの農家が事業を撤退する結果を招きました。1993年の32,000トンは象徴的な値で、事実上、主要な作物としてのテンサイの役割が終焉を迎えたことを意味します。
ウルグアイのテンサイ生産に関する課題を分析するとき、国際市場の変化に迅速に適応できなかったこと、また国内の農業政策の一部が長期的な栽培の持続性を軽視していたことが浮き彫りになります。さらに、地政学的な観点から言えば、ウルグアイの砂糖産業はより強力な輸出競争力を持つブラジルの影響を受けやすく、南米地域内での競争が特に課題となりました。
以上の点を踏まえ、将来的には以下の具体的な対策が必要とされるでしょう。まず、小規模農家を対象とする補助金制度の再設計が挙げられます。これにより、テンサイ生産へのインセンティブを回復させることが可能となります。また、砂糖以外の用途におけるテンサイの価値を見直し、たとえばエタノール燃料などの新しい市場を開拓することも一つの有望な戦略となるでしょう。このような多角化は、ウルグアイの農産業全体の安定性や競争力を向上させる可能性があります。
さらに、気候変動に伴う自然災害リスクを軽減するための農業技術の促進も重要です。灌漑システムの導入や気候に強いテンサイ品種の開発などを推進する必要があります。また、地域の経済協力や南米諸国間での農産業ネットワークを強化することで、国際市場における交渉力を高めることが期待されます。
結論として、ウルグアイのテンサイ生産量の長期的な減少は、その農業政策や国際的な市場動向、地域特有の課題の影響を受けていることが明らかです。しかし、計画的な対策を講じることができれば、この産業を復活させることや多角的な展開を図ることは十分に可能です。国際的な協調と国内政策の強化が、この目標を実現するための鍵となるでしょう。
ウルグアイの統計データ
- ウルグアイの総人口推移【1950年~2100年】
- ウルグアイの平均寿命推移【1950年~2100年】
- ウルグアイの平均年齢推移【1950年~2100年】
- ウルグアイの人口増加推移【1950年~2100年】
- ウルグアイの鶏卵生産量の推移
- ウルグアイの馬肉生産量の推移
- ウルグアイのトウモロコシ生産量の推移
- ウルグアイの米生産量の推移
- ウルグアイの小麦生産量の推移
- ウルグアイの大豆生産量の推移
- ウルグアイのジャガイモ生産量の推移
- ウルグアイの天然蜂蜜生産量の推移
- ウルグアイのサツマイモ生産量の推移
- ウルグアイのサトウキビ生産量の推移
- ウルグアイのテンサイ(甜菜)生産量の推移
- ウルグアイの落花生生産量の推移
- ウルグアイのオリーブ生産量の推移
- ウルグアイのオリーブ油生産量の推移
- ウルグアイのキャベツ生産量の推移
- ウルグアイのトマト生産量の推移
- ウルグアイのカボチャ・スクワッシュ・ヒョウタン生産量の推移
- ウルグアイのニンニク生産量の推移
- ウルグアイの牛乳生産量の推移
- ウルグアイのニンジン・カブ類生産量の推移
- ウルグアイの大麦生産量の推移
- ウルグアイのオレンジ生産量の推移
- ウルグアイのレモン・ライム生産量の推移
- ウルグアイのリンゴ生産量の推移
- ウルグアイのナシ生産量の推移
- ウルグアイの桃(モモ)・ネクタリン生産量の推移
- ウルグアイの豚飼育数の推移
- ウルグアイの鶏飼養数の推移
- ウルグアイの牛飼養数の推移
- ウルグアイのヤギ飼養頭数の推移
- ウルグアイの馬飼養数の推移
- ウルグアイのブドウ生産量の推移
- ウルグアイのスイカ生産量の推移
- ウルグアイのメロン生産量の推移
- ウルグアイのオート麦生産量の推移
- ウルグアイの牛乳生産量の推移
- ウルグアイのヨーグルト生産量の推移
- ウルグアイの羊飼養数の推移
- ウルグアイの羊肉生産量の推移
- ウルグアイの羊の毛生産量の推移
- ウルグアイのプラムとスロー生産量の推移