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火山の国、フィリピン。知られざる地熱エネルギー大国の実力

火山の国、フィリピン。知られざる地熱エネルギー大国の実力
火山の国、フィリピン。知られざる地熱エネルギー大国の実力

南国のリゾート地、フィリピン。その美しい景色の下には、地球の荒ぶる心臓部「環太平洋火山帯」が脈打っています。人々が恐れるその火山こそが、この国を世界有数の「地熱発電大国」へと押し上げた原動力でした。石油危機をバネに、国家の命運を懸けた挑戦の物語に迫ります。

「火の輪」の宿命と、眠れる巨人

フィリピン諸島は、地球のプレートがせめぎ合う、地質学的に最も活発な地帯の一つ「環太平洋火山帯」、通称「リング・オブ・ファイア」の上に位置しています。ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込むことで形成されたこの列島は、まさに地球のエネルギーが噴出する最前線です。優美な円錐形で知られるマヨン火山、巨大なカルデラ湖を持つタール火山など、国内には20以上の活火山が存在し、地震や噴火は、この国の人々にとって避けられない宿命でした。

しかし、その地殻変動の熱は、呪いであると同時に、莫大な祝福をもたらす可能性を秘めていました。地下深くでは、プレートの沈み込みによって生まれたマグマが、周囲の岩盤を熱し、浸透した地下水を摂氏300度を超える高温の熱水や蒸気へと変えています。それは、国家のエネルギー地図を塗り替えうる、巨大な潜在能力を持つ「眠れる巨人」でした。20世紀半ばまで、フィリピンの電力は水力と、なにより輸入に頼る石油が中心であり、この足元の巨人は、まだその力を知られていませんでした。

石油危機、国家の目覚め

物語が大きく動き出したのは、1970年代。世界経済を二度にわたって震撼させたオイルショックは、フィリピンに国家存亡の危機を突きつけました。当時、エネルギーの9割以上を中東からの輸入原油に依存していたこの国は、原油価格が4倍以上に高騰したことで、凄まじいインフレーションと経済の停滞に見舞われたのです。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、計画停電(ブラウンアウト)が頻発し、工場の操業は停止。国民生活と経済は、麻痺状態に陥りました。

国の発展そのものが、遠い産油国の動向に左右されるというエネルギー安全保障上の脆弱性。この屈辱的な現実を前に、当時のマルコス政権は一つの決断を下します。「外国の石油に頼るのではなく、我々の土地に眠るエネルギーで、この国を動かす」。その時、眠れる巨人であった「地熱」に、初めて国家的なスポットライトが当てられたのです。火山という宿命を、呪いではなく、祝福として活かす。国家の命運を懸けた、壮大な挑戦が始まりました。

地球の静脈を掘り当てる

政府は地熱開発を最優先の国家プロジェクトと位置づけ、フィリピン国営石油会社(PNOC)の傘下にエネルギー開発公社(EDC)を設立。国内外の技術と資本を結集させ、地球の「熱の静脈」を探すための壮大な探査を開始しました。

その先駆けとなったのが、ルソン島南東部、ビコル地方のティウィ地熱地帯です。ニュージーランドの技術協力を得て、探査チームは火山が連なる未開の山岳地帯へと分け入りました。1979年、困難な掘削の末に、フィリピン初の大規模地熱発電所が商業運転を開始。地球の深部から噴き出す蒸気がタービンを回し、安定した電力を生み出した瞬間は、国のエネルギー自立への大きな一歩となりました。

この成功を皮切りに、開発は加速します。マニラ近郊のマキリン・バナハウ(マクバン)、レイテ島のトングナ、ネグロス島のパリンピノン…。かつてはただの山林だった場所に、次々と巨大なパイプラインと発電所が建設されていきました。特にレイテ島の地熱地帯は、世界最大級の湿地熱型(熱水卓越型)地熱資源であり、フィリピン地熱開発の象徴となりました。

地熱発電には、主に三つの方式があります。地下から直接高温の蒸気を取り出す「ドライスチーム発電」、高温の熱水を取り出し、圧力を下げることで蒸気を発生させる「フラッシュサイクル発電」、そして熱水で沸点の低い媒体(ペンタンなど)を加熱し、その蒸気でタービンを回す「バイナリーサイクル発電」です。フィリピンでは、主にフラッシュサイクル発電が採用され、地球の恵みを最大限に活用する技術が磨かれていきました。

わずか十数年の間に、フィリピンは次々と大規模な地熱発電所を稼働させ、アメリカに次ぐ世界第2位の地熱発電国へと一気に駆け上がったのです。

光と影、地熱がもたらしたもの

地熱発電は、フィリピンに計り知れない「光」をもたらしました。天候に左右されず24時間稼働する安定した「ベースロード電源」は、エネルギー自給率を劇的に向上させ、数億ドルに上る石油輸入費の削減に成功。産業の発展と国民生活の安定に大きく貢献しました。発電時にCO2をほとんど排出しないクリーンな電力は、気候変動対策におけるフィリピンの重要な切り札ともなっています。

しかし、光あるところには影もあります。地熱開発は、常に自然と人間との共存という課題を伴いました。例えば、フィリピンで最も標高が高いアポ山。ここは、多様な生態系が残る自然保護区であると同時に、少数民族にとっての聖なる「祖先の土地」でもありました。この聖なる山で地熱発電所の建設計画が持ち上がった際には、環境保護団体や先住民族から激しい反対運動が起こり、国家的な議論へと発展しました。

また、地熱発電所から排出される熱水には、硫化水素などの物質が含まれる場合があり、周辺の生態系への影響が懸念されます。地下から大量の熱水を取り出すことによる地盤沈下や、逆に熱水を地下に戻す(涵養)ことによる微小な地震の誘発リスクも指摘されています。地熱開発とは、地球の恵みと、それに対する人間の責任との、絶え間ない対話なのです。

エネルギーの未来とフィリピンの役割

21世紀に入り、フィリピンのエネルギー事情は再び転換期を迎えています。経済成長に伴う電力需要は増大し続け、安価な石炭火力発電の割合が増加しました。その結果、フィリピンの地熱発電の世界ランキングはインドネシアに次ぐ第3位となりましたが、今もなお、国の総発電量の約1割を担う重要なエネルギー源であることに変わりはありません。

2008年に制定された「再生可能エネルギー法」は、フィリピンの未来への意志を示すものです。この法律は、地熱だけでなく、太陽光、風力、バイオマスといった多様な再生可能エネルギーへの投資を促進し、再び化石燃料への依存度を下げ、持続可能な社会を築くことを目指しています。

今後の課題は、稼働開始から数十年が経過した初期の発電所の老朽化対策と、新たな地熱資源の探査です。高額な初期投資や開発リスクは依然として大きな障壁ですが、フィリピンが半世紀近くにわたって蓄積してきた地熱開発の技術と経験は、他国にはない大きな財産です。インドネシアや中南米、アフリカなど、同じ「リング・オブ・ファイア」に位置する多くの開発途上国にとって、フィリピンの経験は、貴重な道標となり得ます。


ビーチリゾートや活気ある都市というイメージの裏で、フィリピンが「地熱大国」としての顔を持つという事実は、この国のしたたかで力強い歩みを物語っています。 火山と共に生きるという、時に過酷な宿命。しかし、フィリピンはそれを悲観するのではなく、国家の強みへと転換させる知恵と勇気を持っていました。オイルショックという国難をバネに、地球の深部からエネルギーを引き出すという壮大なプロジェクトを成功させた物語は、世界の多くの国々にとって、希望の灯火となるはずです。 フィリピンの:火山国の誇り、未来への灯火

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