世界遺産は一つの国にあるとは限らない
世界遺産というと、エジプトのピラミッドやインドのタージ・マハルのように、一つの国が所有し、保護しているものを思い浮かべるかもしれません。
しかし、自然環境や歴史の足跡は、人間が引いた国境線で途切れるわけではありません。
世界には、複数の国にまたがり、関係国が協力して守っている世界遺産があります。なかには10か国、18か国という規模で共有されているものもあります。
今回は、特に規模や成り立ちが興味深い5件を紹介します。
| 世界遺産 | 関係国 | 特徴 |
|---|---|---|
| シュトゥルーヴェの測地弧 | 10か国 | 約2,820kmに及ぶ測量地点 |
| ヨーロッパのブナ原生林群 | 18か国 | 氷河期後のブナの拡大を伝える森 |
| ウォータートン・グレーシャー国際平和自然公園 | 2か国 | 世界初の国際平和公園 |
| サンガ川流域の3か国保護地域 | 3か国 | コンゴ盆地の熱帯雨林 |
| ラ・アミスター国立公園 | 2か国 | 中央アメリカの山岳生態系 |
「国境を越える世界遺産」には2つの形がある
UNESCOでは、複数国に関係する世界遺産に「トランスバウンダリー」と「トランスナショナル」という表現を使っています。
国境を直接またぐ遺産
森林や山脈、国立公園などが隣接する国の国境をまたぎ、一つの連続した遺産となっているものです。
UNESCOは、関係国が共同で推薦し、世界遺産一覧には一つの資産として登録されると説明しています。UNESCO「Transboundary」
離れた構成資産を複数国で共有する遺産
一つ一つの構成資産は離れていても、共通する歴史的・自然的価値によって一つの世界遺産としてまとめられる場合があります。
これを「シリアル・プロパティ」といい、複数国に存在する場合は国境を直接またいでいないこともあります。
1.10か国を結ぶ「シュトゥルーヴェの測地弧」
シュトゥルーヴェの測地弧は、ノルウェー北部のハンメルフェストから黒海付近まで、約2,820キロメートルにわたって続く測量地点の連なりです。
関係する国は次の10か国です。
- ノルウェー
- スウェーデン
- フィンランド
- ロシア
- エストニア
- ラトビア
- リトアニア
- ベラルーシ
- モルドバ
- ウクライナ
天文学者フリードリッヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム・フォン・シュトゥルーヴェらは、1816年から1855年にかけて三角測量を行いました。その目的は、地球の正確な大きさと形を調べることでした。
もとの測地弧には265の主要観測点があり、そのうち34地点が世界遺産の構成資産になっています。岩に刻まれた印、鉄製の十字、石碑、オベリスクなど、その姿は場所によってさまざまです。
豪華な宮殿や巨大な遺跡ではありません。しかし、科学者と各地域の統治者が国境を越えて協力した、科学史上の重要な証拠です。
UNESCOは、測地弧が10か国を通過し、全長約2,820キロメートルに及ぶことを公式資料で示しています。UNESCO「Struve Geodetic Arc」
2.18か国に広がるヨーロッパのブナ原生林群
「カルパティア山脈とヨーロッパ各地の古代および原生ブナ林」は、18か国に分布する森林を一つにまとめた世界遺産です。
最終氷期が終わった後、ヨーロッパブナはアルプス、カルパティア山脈、地中海沿岸などに残っていた避難地域から、数千年をかけてヨーロッパ各地へ広がりました。
この世界遺産は、ブナが異なる気候や地形に適応しながら分布を拡大した過程を伝えています。
対象国には、ウクライナ、スロバキア、ドイツ、イタリア、スペイン、フランス、ベルギー、スイス、ルーマニア、ブルガリアなどが含まれます。
国境を接していない森林もありますが、すべてが「ヨーロッパブナの拡大と適応」という共通の物語を持っています。
UNESCOによると、現在の登録資産は18か国にまたがっています。UNESCO「Ancient and Primeval Beech Forests」
3.世界初の国際平和公園
カナダのウォータートン湖国立公園と、アメリカのグレーシャー国立公園は、国境を挟んで隣接しています。
両公園は1932年、「ウォータートン・グレーシャー国際平和公園」として結ばれました。国境を越えた自然保護と友好を目的とする、世界初の国際平和公園です。
公園内では、草原、森林、高山、氷河地形などが連続しています。動物にとって国境の検問所はありません。クマやシカなどの野生動物は、両国にまたがる生態系の中で暮らしています。
1995年には、カナダとアメリカが共有する自然遺産として世界遺産に登録されました。UNESCO「Waterton Glacier International Peace Park」
「自然を一緒に守ることが、国同士の平和にもつながる」という理念を、その名称自体が表しています。
4.3つの国立公園がつながる「サンガ・トリナショナル」
サンガ・トリナショナルは、次の3か国が接するコンゴ盆地にあります。
- カメルーン
- 中央アフリカ共和国
- コンゴ共和国
それぞれの国にある3つの国立公園が隣接し、合計約75万ヘクタールの広大な保護地域を形成しています。UNESCO「Sangha Trinational」
大部分は人間活動の影響が比較的小さい熱帯雨林です。ニシローランドゴリラ、チンパンジー、マルミミゾウなど、国際的に保護が重要な動物が生息しています。
一つの国だけが保護を強化しても、隣国側で森林伐採や密猟が続けば、生態系全体を守ることはできません。そのため、3か国による共同監視や情報共有が欠かせません。
世界遺産の価値だけでなく、「自然保護に国際協力が必要な理由」が見える場所です。
5.友情という名の「ラ・アミスター」
コスタリカとパナマの国境には、「タラマンカ山脈-ラ・アミスター保護区群/ラ・アミスター国立公園」が広がっています。
「ラ・アミスター(La Amistad)」は、スペイン語で「友情」を意味します。
この地域には、中央アメリカでも特に広大な山地の森林が残っています。標高差が大きく、低地の熱帯雨林から高山帯まで、多様な生態系が連続しているのが特徴です。
コスタリカ側が1983年に世界遺産へ登録され、1990年にパナマ側が加わったことで、国境を越える世界遺産になりました。
UNESCOは、中央アメリカに残る重要な自然保護地域の一つであり、コスタリカとパナマの国境に沿って広がる資産と説明しています。UNESCO「Talamanca Range-La Amistad」
名前のとおり、2か国の友情と協力によって守られている森です。
なぜ国境を越えた保護が必要なのか
山脈、森林、河川、野生動物の生息域は、政治的な国境とは無関係に広がっています。
複数国が協力して管理することには、次のような意味があります。
- 生態系を分断せずに保護できる
- 密猟や違法伐採の情報を共有できる
- 山火事や自然災害へ共同で対応できる
- 調査方法や保護技術を共有できる
- 歴史や文化を一国だけのものにせず継承できる
一方で、法律、予算、保護方針が国ごとに異なるため、合意形成は簡単ではありません。
国境を越える世界遺産は、貴重な自然や歴史の証拠であると同時に、国際協力そのものを未来へ引き継ぐ試みでもあります。
まとめ
今回紹介した世界遺産は、いずれも一つの国だけでは完結しません。
10か国に点在する科学遺産
18か国で共有するブナ林
カナダとアメリカの国際平和公園
中央アフリカ3か国の熱帯雨林
コスタリカとパナマの「友情」の森
地図上では国境線が引かれていても、自然や歴史、人間の知識はその線を越えてつながっています。
世界遺産を「どの国にあるか」だけでなく、「どの国々が一緒に守っているか」という視点で見ると、世界地図が少し違って見えてきます。
この記事に関するクイズ
第1問
今回紹介した中で、最も多くの国に構成資産がある世界遺産はどれでしょう?
- A. シュトゥルーヴェの測地弧
- B. ヨーロッパのブナ原生林群
- C. サンガ・トリナショナル
- D. ラ・アミスター国立公園
答え:
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正解:B. ヨーロッパのブナ原生林群
現在は18か国に構成資産があります。シュトゥルーヴェの測地弧は10か国です。
第2問
世界初の国際平和公園は、どの2か国にまたがっているでしょう?
- A. フランスとスペイン
- B. コスタリカとパナマ
- C. カナダとアメリカ
- D. ノルウェーとスウェーデン
答え:
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正解:C. カナダとアメリカ
ウォータートン・グレーシャー国際平和公園は、1932年に両国の国立公園を結んで誕生しました。
第3問
「トランスバウンダリー世界遺産」の説明として最も適切なのはどれでしょう?
- A. 国境から100キロ以内にある世界遺産
- B. 所有する国が決まっていない世界遺産
- C. 隣接する複数国の領域にまたがる世界遺産
- D. 海外からしか訪問できない世界遺産
答え:
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正解:C. 隣接する複数国の領域にまたがる世界遺産
関係国が共同で推薦し、世界遺産一覧には一つの資産として登録されます。