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静かなる資源競争──レアアースを巡る国際戦略と未来の行方

スマートフォン、電気自動車、風力発電。私たちの生活に不可欠なこれらのテクノロジーの裏には、「レアアース」と呼ばれる重要資源が存在します。今、各国はこの資源の安定供給をめぐり、水面下で戦略を交差させています。本記事では、レアアースの基礎から地政学、技術、倫理、未来の国際協調の可能性まで、幅広い視点で深掘りします。雑学も用意しています。

レアアースとは?現代文明の“縁の下の力持ち”

レアアースの基本知識

 レアアースとは、一般的に17種類の希土類元素を指します。具体的には、15のランタノイド元素(注1に加え、スカンジウム (Sc) とイットリウム (Y) が含まれています。これらの元素は、それぞれが独特の物理・化学的特性(強い磁性や高い耐熱性、特定の発光性、触媒としての働きなど)を持ち、現代の電子機器、電気自動車、風力発電機、航空宇宙、防衛技術、LED照明、高性能コンピュータ、医療機器など、多岐にわたる先端技術や産業に活用されています。たとえは、磁石、蛍光体、合金、触媒材料などに使われており、iPhoneからF-35戦闘機、Space-Xまで、さまざまな産業で不可欠です。

(注1)15のランタノイド元素:ランタン [La]、セリウム [Ce]、プラセオジム [Pr]、ネオジム [Nd]、プロメチウム [Pm]、サマリウム [Sm]、ユウロピウム [Eu]、ガドリニウム [Gd]、テルビウム [Tb]、ジスプロシウム [Dy]、ホルミウム [Ho]、エルビウム [Er]、ツリウム [Tm]、イッテルビウム [Yb]、ルテチウム [Lu]

“レア”である理由

 レアアースが「レア(希少)」と呼ばれるのは、地球上に決して少なくない量が存在するものの、実際に採掘したり精製したりするのが非常に難しいためです。レアアースは自然界で広く分散して存在しており、大量に固まって存在しているわけではありません。そのため、経済的かつ効率的に採掘・抽出することが技術的に難しい課題となっています。

また、レアアースに含まれる元素は、化学的な性質が非常に似ているため、それぞれをきちんと分ける作業(分離精製)も複雑で手間がかかります。この難しさから、レアアースの供給が中国など一部の国に偏ってしまうという地政学的なリスクや、採掘や精製による土壌汚染や水質汚染などの環境問題が指摘されています。そのため、環境にやさしく持続可能な方法でレアアースを活用したり、リサイクルしたりする技術の開発が急がれています。

レアアースは現代のさまざまな技術を支える重要な材料ですが、その採掘や精製の困難さゆえに「希少」とされています。また、レアアースをめぐる技術開発や各国の政策、安全保障などの動向が、今後の産業界に大きな影響を与えると注目されています。

世界の供給構造と中国の存在感

 レアアースのグローバルな供給構造を見ると、実に多くのプロセス(採掘、分離・精製、そして部品への転用)が中国国内で一貫して行われており、ほぼバリューチェーン全体が中国に集約されています。実際、世界全体のレアアース供給の60~80%以上が中国から調達されるとされ、そのため中国の政策や市場変動が世界産業にダイレクトな影響を及ぼす状況です。

 レアアースの埋蔵量が多い国は以下の通りです。(アメリカ地質調査所USGSの2025年発表最新データを参考に表を作成)

 中国は圧倒的な埋蔵量を誇り、世界のレアアース供給の大部分を担っています。一方で、ブラジルやインドなどの国々も豊富な資源を持っており、今後の供給網の多様化に貢献する可能性があります。日本も南鳥島周辺の海底に大量のレアアースが埋蔵されていると報告されており、今後の開発が期待されています。

国名推定埋蔵量 (万トン)世界シェア
中国4,400約49%
ブラジル2,100約23%
インド690約8%
オーストラリア570約6%
ロシア380約4%
ベトナム350約4%
アメリカ190約2%


なぜ中国が強いのか?

 中国は地質学的にレアアースが分散して存在している地域を多く抱えており、これに加えて長い歴史の中で採掘技術や精製プロセスが磨かれてきました。この積み重ねにより、低コストで大量生産が可能となり、他国と比べて競争優位性を確立しています。

 中国は現在、世界のレアアース精製の約90%、採掘の60〜70%を占めています。1980年代から中国政府はレアアース産業を国家戦略の要と位置づけ、研究開発支援や投資、さらに輸出管理などを通じて産業全体の競争力を高めています。また、環境規制の面で一定の柔軟性を持たせることで、採掘・精製のコストダウンを実現し、世界市場でのシェア拡大に寄与しているという側面もあります。

 中国国内では、原石の採掘から精製、さらには最終製品への加工まで、サプライチェーン全体が国内で一貫して運営されています。こうした垂直統合型の体制は、流通コストや中間ロスを大幅に削減し、外国企業が容易に参入できない状態を作り出しています。

“依存”をどう見るか?

 世界の先端技術産業や電子機器、自動車産業では、コスト効率や供給の安定性の観点から中国産のレアアースに大きく依存しています。中国からの一貫した供給があることで、多くの国・企業は低コストで高品質な原材料を確保できる点は実際のメリットとなっています。しかし、この恩恵の裏側には「供給元の一本化」によるリスクも潜んでいます。

 一方で、この依存状態は各国にとって戦略的な脆弱性をはらんでいます。中国が自国の外交・経済戦略上、レアアースの供給を武器として活用する可能性が指摘される中、依存度が高い状況は安全保障や国際競争力の面でのリスク要因となります。そのため、アメリカやEU、日本などは将来的な供給多角化やリサイクル技術、代替材料の研究開発に向けた施策を強化し始めています。

 依存リスクへの懸念は、むしろ各国が新たな資源開発技術や代替材料の研究に投資する動機付けとなっています。市場や政府は、レアアースに代わる次世代素材やリサイクルシステムの構築を進めることで、長期的にはよりバランスの取れた、持続可能な供給体制の実現を目指しているのです。国際社会はリスク分散と協調の両面から対応を模索しています。

 まとめると、中国の強さは、豊富な資源、効率的な生産体制、国家戦略による積極的な支援が一体となって示されており、その結果、世界市場におけるその支配力は拮抗しがたいものとなっています。一方で、その依存状態をどう乗り越えるか、または調整していくかは、今後の国際経済・安全保障の大きな課題として議論され続けるでしょう。

さらに、各国の産業界や政府は、この依存リスクを適切に管理しつつ、国際協調や技術革新を通じたサプライチェーンの再編成に向けた取り組みを進めていますが、完全な脱依存は短期間では実現しにくい状況です。これに関する具体的な動きや各種戦略の事例も、今後注目すべきトピックとなるでしょう。

レアアースと外交摩擦

 レアアースは、スマートフォン、電気自動車、軍事技術など先端技術の製造に欠かせない戦略的資源ですが、その採掘・加工から供給に至るまでのバリューチェーンは非常に複雑です。各国は自国の経済政策、安全保障、環境保護や産業振興の観点から、この資源の管理方法や流通ルートについてさまざまな対応を取っており、その結果として外交面での摩擦が生じる場合があります。

特定国への輸出規制

 一部の供給国は、自国の資源管理や安全保障、環境基準といった国内事情を背景に、特定の国または地域へのレアアースの輸出を一時的または戦略的に制限する場合があります。たとえば、中国は過去、国内産業の保護や環境対策の一環として、2010年日本などの需要に応じた輸出規制措置を導入した経緯があります。

 こうした輸出規制は、国家の主権に基づく正当な資源管理措置として理解される一方、その実施は国際貿易のルールや多国間協議の枠組みにおいて議論の対象ともなっています。つまり、輸出規制は一方的な貿易妨害という側面だけではなく、各国の国内事情を反映した政策手段としても捉えることができます。

米中摩擦と「資源の武器化」への懸念

 2024〜2025年の米中経済摩擦の中では、レアアースの供給源が一国に大きく依存している現状から、どちらの国も自国の国家安全保障や産業競争力を守るために、自国に有利な供給体制を模索しています。アメリカ側は、万一の輸出規制や供給途絶が自国の先端技術や防衛産業に与えるリスクを指摘し、供給多角化や代替技術の開発を強化しています。

 一方、中国は、長年にわたって自国での採掘、加工、精製の高度なシステムを確立しており、それが自国の経済成長や産業発展に寄与しているという実情があります。こうした中で「資源の武器化」という議論は、どちらか一方が意図的に資源を政治的なレバレッジとして行使しているだけでなく、各国が自国の利益を守ろうとする結果として生じた現象であり、単純な善悪で評価するのは困難です。

各国の戦略と国際協調の模索

 レアアースの供給をめぐる国際的な戦略は、各国の経済・安全保障政策と密接に関係しています。特にアメリカ、EU、日本は中国依存からの脱却を目指し、アフリカやアジアの資源国との連携を強化しています。以下、それぞれの動向を詳しく見ていきます。

アメリカの戦略

  • 国内生産の拡大:米国内の鉱山開発を促進し、レアアースの採掘・精製技術の向上を図っています。
  • 同盟国との連携:オーストラリアやカナダと協力し、レアアースの供給網を強化。
  • リサイクル技術の開発:使用済み電子機器からレアアースを回収する技術の研究を進め、資源の再利用を促進。

EUの戦略

 EUは、グリーンエネルギー政策の推進に伴い、レアアースの安定供給を確保する必要があります。そのため、以下のような取り組みを進めています。

  • 域内資源の活用:欧州内の鉱床開発を進め、供給の自立性を高める。
  • サプライチェーンの多様化:アフリカやアジアの資源国と協力し、供給網を拡大。
  • 環境負荷の低減:持続可能な採掘技術の開発を進め、環境保護と資源確保の両立を図る。

日本の戦略

 日本は、過去に中国からのレアアース輸出規制を経験したことから、供給の安定化に向けた取り組みを強化しています。

  • 海底資源の開発:南鳥島周辺の海底に埋蔵されているレアアースの採掘技術を研究。
  • 代替技術の開発:レアアースを使用しない新素材の開発を進め、依存度を低減。
  • 国際協力の強化:アメリカやオーストラリアと連携し、供給網の安定化を図る。

アフリカ・アジア資源国との連携

 アフリカやアジアには豊富なレアアース資源を持つ国が多く、各国はこれらの地域との協力を強化しています。

  • アフリカ:ナミビアや南アフリカなどの国々は、レアアースの採掘を拡大し、国際市場への供給を増やしています。
  • アジア:インドやベトナムは、レアアースの採掘・精製技術を向上させ、供給国としての役割を強化。

技術革新と脱レアアースの可能性

 技術革新によって、レアアースへの依存を減らす取り組みが進んでいます。特に、電気自動車(EV)や風力発電などの分野では、レアアースを使用しない新素材の開発やリサイクル技術の向上が注目されています。

代替材料の開発

  • 重希土類フリー磁石:ネオジムやジスプロシウムを使わずに高性能を維持できる磁石の開発が進められています。日本の企業や研究機関がこの分野で成果を上げています。
  • 新しい合金技術:レアアースを含まないモーター用磁石の開発が進み、EV業界での採用が期待されています。

リサイクル技術の進展

  • 都市鉱山の活用:使用済み電子機器からレアアースを回収する技術が進化し、資源の再利用が可能になっています。
  • 高効率回収技術:従来のリサイクル技術よりも効率的にレアアースを抽出できる新技術が開発されています。

産業界の取り組み

  • EVメーカーの挑戦:日産やいすゞなどの自動車メーカーは、レアアースの使用量を削減する技術を導入し、持続可能な製造を目指しています。
  • 政府の支援:日本政府は、レアアースの代替技術やリサイクル技術の開発を支援し、企業の研究開発を促進しています。

レアアースが直面している課題は?

 レアアースをめぐる現状の課題は、環境・倫理・人権の問題だけでなく、経済的・技術的・地政学的な側面も絡んでいます。以下、主要な課題を整理します。

1. 環境・倫理・人権問題

  • 採掘による環境負荷:土壌汚染、水質汚染、放射性物質の排出が問題視されており、持続可能な採掘技術の確立が求められています。
  • 労働環境の改善:児童労働や強制労働の報告もあり、OECDや国連の「責任ある鉱物調達」ガイドラインが重要な役割を果たしています。

2. 供給リスクと依存

  • 中国への依存:世界のレアアース供給の大半を中国が担っており、輸出規制や政治的動向が供給の不安定要因になっています。
  • 供給の多様化:アメリカ、日本、EUなどは新たな資源国(アフリカ、オーストラリア、東南アジア)との協力を進めています。

3. 技術革新と代替素材

  • 脱レアアースの研究:EV用モーターなどでレアアースを使わない技術が開発されており、今後の普及が期待されています。
  • リサイクル技術の進展:都市鉱山(使用済み電子機器からの回収)や新たな抽出技術により、資源の再利用が促進されています。

4. 国際協調とルール整備

  • サプライチェーンの透明化:各国が責任ある鉱物調達を推進し、持続可能な供給網の構築を目指しています。
  • 経済・安全保障のバランス:米中摩擦の影響もあり、資源の「武器化」懸念が高まっているため、国際協力の重要性が増しています。

 現状では、こうした課題に対応するため、各国や企業が供給の安定化・環境対策・倫理的な調達の強化に取り組んでいます。ただし、これらの問題は短期間で解決できるものではなく、継続的な技術革新と国際協力が不可欠です。今後の動向を注視することで、より持続可能で公平なレアアース産業の発展につながるかもしれません。

豆知識から見る、レアアースの“裏側”

 レアアースには、知られざる興味深い側面がたくさんあります。以下、豆知識を交えてその“裏側”を紹介します。

1. 実は「レア」ではない?

 「レアアース(希土類)」という名前から、非常に希少な資源のように思われがちですが、実際には地殻中の存在量は比較的多いのです。例えば、ネオジム(Nd)はリチウムよりも豊富に存在し、セリウム(Ce)は銅と同程度の量が地球上にあります。ただし、濃縮されて産出する場所が限られているため、採掘が難しく「希少」とされているのです。

2. 宇宙でも貴重な存在

 レアアースは地球上では比較的多く存在しますが、宇宙では極めて稀少とされています。惑星形成の過程で、これらの元素は地球の核に沈み込む傾向があり、地表に残る量は限られています。そのため、宇宙探査においてもレアアースの存在は注目されているのです。

3. 生命活動にも関係?

 レアアースは、スマートフォンや電気自動車だけでなく、生命活動にも関与しています。例えば、ガドリニウム(Gd)はMRIの造影剤として使用され、ユウロピウム(Eu)は生体組織の蛍光標識に活用されています。また、一部の微生物はレアアースを代謝に利用することが知られています。

4. 環境問題と倫理的課題

 レアアースの採掘には、大量の化学薬品が使用されるため、土壌や水質汚染が深刻な問題となっています。また、放射性物質を含む鉱石も多く、適切な管理が求められます。さらに、一部の採掘現場では児童労働や過酷な労働環境が問題視されており、OECDや国連が「責任ある鉱物調達」のガイドラインを導入しています。

5. 日本の海底に大量の埋蔵量?

 日本の南鳥島沖の海底には、約1,600万トンものレアアース泥が存在すると報告されています。これは世界の需要を数百年分まかなえる可能性があるとされており、今後の開発が期待されています。

世界が向かうべき方向

 レアアースを巡る動向は、単なる経済・資源の話ではなく、地球規模の協力関係構築に直結するテーマです。対立ではなく、共創。排他ではなく、共有。それが現代のグローバル社会に求められる姿勢です。

 とくにアメリカのような大国は、その影響力を行使する立場にあるからこそ、経済制裁やブロック経済に傾くのではなく、国際的信頼と連携を重視する姿勢が不可欠です。

 資源は争いの種ではなく、未来をともに創る「共有財」であるべきなのです。

まとめ:資源の未来を共有するという選択

 このように、中国が強い理由は、豊富な資源と高度な採掘・加工技術、そして国家レベルの統合体制と政策支援にあります。一方、世界各国が中国に依存する現状は、短期的な経済効率性をもたらす一方で、戦略的リスクや地政学的な不安要素も内包しており、今後の供給多角化や技術革新が重要な課題となっています。
 さらに、近年は各国の動きとして、リサイクル技術の向上や新規採掘地域の開発、さらには国際的な連携による供給の多角化の試みが進んでいます。こうした動向は、今後のグローバル産業の安定性や安全保障の面でも注目すべきポイントです。
 レアアースをめぐる国際競争は、激しさを増しながらも、単なるパワーゲームでは終わらない複雑さを帯びています。そこには、テクノロジー、環境、倫理、そして国際協調という複数のレイヤーが重なっています。
 この複雑な現実の中で、最も重要なのは、「どう資源を利用するか」ではなく、「どう共有し、共に生きるか」という視点です。
 未来の持続可能性は、こうした問いにどう向き合うかにかかっています。私たちが選ぶべきは、対立ではなく連携。独占ではなく共有。 そして、全人類の発展を見据えた、責任ある資源利用の道なのです。

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