国際連合食糧農業機関(FAO)がまとめたデータによると、ブータンの小麦生産量は1961年の5,000トンから1983年には11,000トンを超える安定した増加傾向を示しましたが、その後劇的な変動が見られました。1990年代から減少傾向が顕著となり、特に2000年以降では複数回の急激な減少を経験しました。2020年代に入るとさらなる低下が続き、2022年ではわずか770トンと大幅な減少が確認されています。このデータはブータンの農業政策や気候変動、地政学的リスクなど、複数の要因が関与していることを示唆しています。
ブータンの小麦生産量推移(1961年~2023年)
年度 | 生産量(トン) | 増減率 |
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2023年 | 837 |
8.73% ↑
|
2022年 | 770 |
-34.15% ↓
|
2021年 | 1,169 |
-27.99% ↓
|
2020年 | 1,623 |
23.11% ↑
|
2019年 | 1,319 |
-8.76% ↓
|
2018年 | 1,445 |
-62.78% ↓
|
2017年 | 3,883 |
54.03% ↑
|
2016年 | 2,521 |
-32.41% ↓
|
2015年 | 3,730 |
-27.88% ↓
|
2014年 | 5,172 |
-2.6% ↓
|
2013年 | 5,310 |
5.4% ↑
|
2012年 | 5,038 |
-19.6% ↓
|
2011年 | 6,266 |
28.59% ↑
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2010年 | 4,873 |
8.75% ↑
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2009年 | 4,481 |
-23.11% ↓
|
2008年 | 5,828 |
-34.36% ↓
|
2007年 | 8,879 |
-2.43% ↓
|
2006年 | 9,100 |
-19.51% ↓
|
2005年 | 11,306 |
169.77% ↑
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2004年 | 4,191 |
-12.01% ↓
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2003年 | 4,763 |
3.95% ↑
|
2002年 | 4,582 |
1.82% ↑
|
2001年 | 4,500 |
3.45% ↑
|
2000年 | 4,350 |
-78.25% ↓
|
1999年 | 20,000 | - |
1998年 | 20,000 | - |
1997年 | 20,000 |
17.65% ↑
|
1996年 | 17,000 |
30.77% ↑
|
1995年 | 13,000 |
30% ↑
|
1994年 | 10,000 |
42.86% ↑
|
1993年 | 7,000 |
40% ↑
|
1992年 | 5,000 | - |
1991年 | 5,000 | - |
1990年 | 5,000 |
21.95% ↑
|
1989年 | 4,100 | - |
1988年 | 4,100 |
-48.75% ↓
|
1987年 | 8,000 |
-27.27% ↓
|
1986年 | 11,000 | - |
1985年 | 11,000 |
-8.87% ↓
|
1984年 | 12,071 |
9.74% ↑
|
1983年 | 11,000 |
10% ↑
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1982年 | 10,000 |
7.53% ↑
|
1981年 | 9,300 |
9.41% ↑
|
1980年 | 8,500 |
3.66% ↑
|
1979年 | 8,200 |
2.5% ↑
|
1978年 | 8,000 |
2.56% ↑
|
1977年 | 7,800 |
2.63% ↑
|
1976年 | 7,600 |
2.7% ↑
|
1975年 | 7,400 |
2.78% ↑
|
1974年 | 7,200 |
2.86% ↑
|
1973年 | 7,000 |
2.94% ↑
|
1972年 | 6,800 |
3.03% ↑
|
1971年 | 6,600 |
3.13% ↑
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1970年 | 6,400 |
3.23% ↑
|
1969年 | 6,200 |
3.33% ↑
|
1968年 | 6,000 |
3.45% ↑
|
1967年 | 5,800 |
3.57% ↑
|
1966年 | 5,600 |
3.7% ↑
|
1965年 | 5,400 |
1.89% ↑
|
1964年 | 5,300 |
1.92% ↑
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1963年 | 5,200 |
1.96% ↑
|
1962年 | 5,100 |
2% ↑
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1961年 | 5,000 | - |
1960年代から1980年代前半にかけて、ブータンの小麦生産量は概ね着実な増加傾向を示しており、これは国の農業振興政策や適した気候条件、農業インフラの安定的発展と関連しています。1983年には12,071トンというピークに達し、この時期は国内需要をある程度満たすだけの生産能力を備えていたと考えられます。しかし、1987年から1988年に生産量が急激に減少し、1988年以降は4,100トンに低下。この減少が起きた要因として、経済構造の変化や災害、新たな気候リスクなどが影響した可能性が高いです。
1990年代には一時的な回復が見られ、特に1996年から1999年には20,000トンの安定生産を記録しましたが、2000年以降の記録を見ると、生産量が再び大きく減少しています。2000年には4,350トン、その後上下動を繰り返しながら低迷を続け、2022年にはわずか770トンにまで減少しました。この大幅な低下は、複数の原因が絡み合った結果と考えられます。
まず、気候変動の影響は無視できません。ブータンを含むヒマラヤ地域は急速な気温上昇や降水量の変動を経験しており、農作物に多大な影響を与えています。また、急峻な地形や限定的な農地面積が一因となり、耕作可能地が限られているため、生産の増加が制約を受けています。さらに、近年の国土政策は観光業や水力発電といった産業分野に注力する方向へシフトしており、根本的な農業支援の不足が小麦生産の低迷を助長している可能性があります。
地政学的な要因も一つの視点として重要です。ブータンは隣国であるインドや中国からの地理的・経済的影響を受けやすい位置にあります。特に食料の輸入に頼る国であるため、国内農業の健全性を保つことは厳しい課題といえます。他国との貿易依存度が高く、地域的な対立や国境問題が生産と流通の不安定化に寄与している可能性もあります。
さらに、最近の新型コロナウイルス感染症のパンデミックや自然災害の影響も農業に大きな負荷をかけました。労働力の不足や物流インフラの混乱は、生産量の一層の低下をもたらしたと考えられます。これに加えて、農業の近代化および農民への技術的支援が他国と比べて不十分であることが長期的な課題として挙げられます。
今後、ブータン政府と国際機関が協力し、いくつかの具体的対策を取る必要があります。まず、小麦生産の急激な低下を食い止めるため、適切な灌漑設備の導入や耐久品種の開発を支援するべきです。また、環境保護政策と農業振興政策を融合させる形で、気候変動の影響緩和を視野に入れることが不可欠です。さらに、周辺国や国際機関との協力を通じて、農民が市場にアクセスしやすい環境を整備し、売れる作物への転換が可能となる仕組みを構築することも重要です。
教育や技術移転を通じて農業従事者の能力を向上させる取り組みも、持続可能な小麦生産を実現する鍵となります。これらの対策を通じて、ブータンが地域内の食料安全保障において自立性を高め、安定的な食糧供給を実現する一助となることが期待されます。