スペインが臓器移植大国と呼ばれる理由とは?

世界トップクラスの移植件数を支える制度とは
2023年、スペインでは5,856件もの臓器移植が実施されました(IRODaT)。これは人口比で見ると世界平均の約2.5倍という驚異的な数値です。国際的な移植学会も毎年、スペインのシステムを模範例として紹介しています。
「オプトアウト方式」が生むドナーの多さ
スペインでは臓器提供の意思表示が明確でない場合、本人が生前に拒否していなければ自動的にドナーとみなす「オプトアウト方式」を採用。これにより、ドナー登録率が高く、年間ドナー数は人口100万人あたり49.38人(2023年)という世界最高レベルを維持しています。
ONTの存在と医療ネットワークの強さ
1989年に設立された国立臓器移植機構(ONT)は、スペイン全土の病院に専門の「移植コーディネーター」を配置。救命救急と連携し、迅速かつ効率的な臓器の移送・配分が行われています。24時間体制のネットワークと国家的サポートによって、命のリレーが円滑に進むのです。
国民の意識と教育、そして文化的背景
スペインでは教育段階から「臓器提供の意義」について啓発がなされ、テレビCMや学校のカリキュラムでも取り上げられています。さらに、カトリック文化の影響もあり、「他人を助けることは美徳」という価値観が根強く、社会全体で臓器提供が受け入れられているのです。
他国との比較から見えるスペインの強み

日本では臓器移植は法律や倫理的問題、文化的背景から非常に慎重に扱われており、2023年の臓器提供数は人口100万人あたり約1.18人にとどまっています。一方、スペイン(1位):49.38人、アメリカ(2位):48.04人、ポルトガル(3位):36.80人、ベルギー(4位):32.70人、スロベニア(5位):30.95人、イタリア(6位):29.34人と、日本との差は歴然です。(IRODaT)
では、なぜ日本の臓器提供はここまで少ないのでしょうか?
【制度面】脳死ドナーに対する制限の歴史
日本では1997年にようやく「臓器の移植に関する法律」が施行されましたが、当初は本人の書面による意思表示が必須という世界でも極めて厳しい条件が課されていました。その後、2010年に改正されて家族の同意があれば提供可能となりましたが、制度の歴史が浅く、ドナー登録も欧米に比べて低い状況が続いています。
【文化・宗教的要因】死生観と身体観の違い
日本社会では「死後に体の一部を提供する」ことに対して、いまだに心理的な抵抗を持つ人が多いと言われています。特に、仏教や神道的価値観に由来する「遺体はなるべくそのままの形で葬るべき」という考えが根強く存在します。
【脳死の定義への議論】
日本では「脳死=人の死」という認識が社会的に十分に共有されておらず、臓器提供が行われる「脳死判定」そのものに対する不信感も根深いです。脳死状態でも心臓が動いている状態を「生きている」と捉える人も少なくありません。
【医療現場の体制不足】
救急・集中治療室に臓器移植の専門医が常駐している施設が限られており、ドナーが出たとしても臓器摘出・移植までのタイムラインが間に合わないケースもあるのが現実です。また、移植コーディネーターの数も欧米に比べて少なく、全国で均質な体制が整っていないという指摘もあります。
【啓発・教育の不足】
日本では学校教育やメディアでの「臓器提供」に関する啓発がまだ十分とは言えません。スペインでは小中学校から「命をつなぐ教育」が積極的に行われているのに対し、日本では臓器移植の選択肢を「自分ごと」として考える機会が乏しいのです。
課題はないの?スペイン移植医療の現実

とはいえ、スペインにも課題はあります。まず、近年の移民人口の増加により、文化的・宗教的理由から臓器提供を拒否するケースが一部で発生しています。特にイスラム教徒やユダヤ教徒など、宗教的に「死後の身体の完全性」を重視するグループにおいては、「オプトアウト制度」との文化的摩擦が起きやすく、移植医療に対する理解の促進が今後の鍵となります。
また、スペインは長寿国であるがゆえに、ドナーの高齢化も進んでいます。2024年時点で、提供された臓器の約半数以上が60歳以上のドナーからのものとなっており、臓器の質(耐用年数や拒絶反応リスク)に関する懸念が増しています。
さらに、移植件数が多いがゆえに、医療スタッフの負担や人材不足も無視できません。地方の病院では、移植に関する専門知識や技術を持つ医師が不足しているケースもあり、都市部と地方の医療格差が浮き彫りになりつつあります。
これらの課題に対して、ONT(国立臓器移植機構)は次のような対策を講じています:
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「拡張ドナー基準(Expanded Criteria Donors)」の導入により、年齢や健康状態に一定の柔軟性を持たせつつも、移植に適した臓器を選別する体制を構築。
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医療スタッフの継続教育プログラムや、地方へのリソース配分の最適化。
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移民コミュニティ向けの多言語啓発キャンペーンや、宗教指導者との協働を進め、文化的理解を深める取り組み。
スペインは世界最先端でありながらも、その成果を維持するために地道な制度改善と社会的対話を重ねているのです。
スペインの臓器移植制度は、単なる制度の巧妙さだけでなく、「国民の理解と協力」によって支えられています。医療、行政、教育、文化が連携し、命を救う社会的インフラが整っているのです。
これは他国でも模倣可能なモデルであり、日本や他の国々が移植医療を進めるうえでのヒントになるでしょう。