結論:ベルンは事実上の首都
スイスの首都を尋ねられたとき、「ベルン」と答えるのは間違いではありません。
スイス連邦外務省は、ベルンを事実上の首都と説明する一方、技術的にはスイスに法律上の首都はなく、ベルンの公式な地位は「連邦都市」だとしています。
整理すると、次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事実上の首都 | ベルン |
| 公式な呼び方 | 連邦都市 |
| 法律上の首都 | 定められていない |
| ベルンにある主な機関 | 連邦議会、連邦参事会、連邦事務総局、多くの連邦行政機関 |
| ベルンが選ばれた年 | 1848年 |
「スイスには首都がない」とだけ表現すると、ベルンの実際の役割を伝えられません。
正確には「法律で指定された正式な首都はないが、ベルンが事実上の首都である」となります。
「連邦都市」とは何?
ベルンは、ドイツ語では「Bundesstadt」、フランス語では「ville fédérale」と呼ばれます。日本語に訳すと「連邦都市」です。
この名称は、ベルンが国を構成する州や都市の上に立つ特別な首都ではなく、連邦政府の所在地として選ばれた都市であることを表しています。
スイス連邦議会に関する法律は、議会が原則としてベルンで開かれると定めています。ただし、特別な事情がある場合には別の場所で開催することもできます。
ベルンが担っている機能は、一般的な国の首都とほぼ同じです。
- 連邦議会が開かれる
- 7人の連邦参事からなる政府が活動する
- 連邦事務総局や各省庁が置かれる
- 各国の大使館が集まる
- 国政の中心となる連邦院がある
制度上の名称は「連邦都市」でも、実務上はスイスの政治的中心地なのです。
スイスは26の州からなる連邦国家
正式な首都を置かない背景には、スイスの連邦制があります。
スイスは26の州から構成され、それぞれの州が独自の憲法、議会、政府、裁判所を持っています。
連邦政府がすべてを決めるのではなく、連邦、州、市町村の間で権限を分担します。スイス政府の公式案内では、下位の行政単位で処理できる仕事は、原則として上位の政府が引き受けないという考え方が示されています。
現在のスイスは統一された一つの国家ですが、その土台には、自治権を持つ地域が集まって国をつくるという歴史があります。
一つの都市を国全体の中心として強く位置付けるより、各州の自立性と均衡を保つことが重視されたのです。
1848年以前は政府所在地が固定されていなかった
現在の連邦国家が成立する以前、スイスには恒常的な中央政府の所在地がありませんでした。
各州の代表者による会議は、チューリヒ、ルツェルン、ベルン、バーデン、フラウエンフェルトなど、さまざまな都市で開かれていました。
19世紀初頭には、特定の州が交代でスイス全体の政治を取りまとめる時期もありました。
この仕組みは、各州の自立性を保つには適していましたが、国全体で継続的に政策を実行するには不便です。
1848年に新しい連邦憲法が成立し、現在につながる連邦国家が誕生すると、議会と政府が活動する恒久的な場所が必要になりました。
ベルンは1848年11月28日に選ばれた
新しい連邦議会は、1848年11月28日に連邦政府の所在地を選びました。
主な候補は、次の3都市でした。
- ベルン
- チューリヒ
- ルツェルン
国民議会に当たる国民院では、出席議員100人のうち58人がベルン、35人がチューリヒ、6人がルツェルン、1人がゾフィンゲンへ投票しました。
全州議会に当たる全州院でも、37人のうち21人がベルンを支持しました。
こうしてベルンは、新しいスイス連邦の政府所在地に選ばれます。
ただし、議会が選んだのは国全体を代表する「首都」という地位ではなく、連邦機関を置く「連邦所在地」でした。
なぜ最大都市チューリヒではなかったのか
現在のスイス最大の都市はチューリヒです。経済や金融の中心地でもあるため、首都に選ばれても不思議ではありません。
それでもベルンが選ばれた背景には、複数の要因がありました。
地理的な位置
ベルンはスイスの中央部に比較的近く、ドイツ語圏とフランス語圏の間に位置しています。
各地域から代表者が集まる政治都市として、言語圏の均衡を取りやすい場所でした。
権力の集中を避ける
チューリヒはすでに経済的な影響力を持っていました。
そこへ政治機能まで集めるより、政府所在地を別の都市に置く方が、特定地域への権力集中を避けられます。
ベルン側の受け入れ条件
ベルンは、議会、政府、各省庁、文書館などが使う建物や土地を用意することを申し出ました。
連邦政府が新しい国家機構を立ち上げるうえで、この条件は大きな利点でした。
これらが組み合わさり、ベルンが連邦都市として選ばれたと考えられています。
連邦院はスイス政治の中心
ベルン旧市街にある連邦院は、スイスの政治を象徴する建物です。
ベルンが連邦都市に選ばれた当初、現在のような大規模な建物はありませんでした。
最初の議会施設は1857年に完成し、現在の連邦院西棟となりました。その後、行政機関の拡大に合わせて建物が増築され、中央のドームを持つ現在の議事堂は1902年に完成しました。
連邦院には、国民院と全州院の議場があります。両院を合わせた連邦議会が、スイスの立法機関を構成します。
同じ建物で、連邦参事会の会議も開かれます。
ベルンが法律上の「首都」でなくても、ここがスイス政治の中心であることは、連邦院を見るとよく分かります。
国の機関はベルンだけに集まっていない
スイスでは、すべての重要機関がベルンに集中しているわけではありません。
たとえば、連邦最高裁判所の中心はローザンヌにあり、連邦刑事裁判所はベリンツォーナに置かれています。スイス国立銀行もベルンとチューリヒの2都市に本部を置いています。
行政や司法、金融の主要機関が複数都市に分かれていることは、スイスの地方分権的な仕組みとよく合っています。
ただし、これは南アフリカのように、法律上の首都機能を複数都市へ分けた制度とは異なります。
スイスでは、ベルンが事実上の政治的中心でありながら、「唯一の正式な首都」という特別な法的地位を持たないのです。
地理クイズでは「ベルン」で正解
「正式な首都がないなら、クイズでベルンと答えるのは間違い?」と思うかもしれません。
一般的な国別データ、地図、旅行案内、教育資料では、ベルンがスイスの首都として掲載されています。国際的にも、ベルンはスイスの首都として扱われています。
そのため、通常の地理クイズで「スイスの首都はベルン」と答えるのは正解です。
制度を詳しく説明する場合に、次の一文を添えると最も正確です。
ベルンはスイスの事実上の首都で、公式には「連邦都市」と呼ばれる。
「首都が存在しない」というより、「ベルンを首都と明記した法律が存在しない」と理解するとよいでしょう。
まとめ
スイスには、法律で指定された正式な首都がありません。
- ベルンは事実上の首都
- 公式な位置付けは「連邦都市」
- 1848年11月28日に連邦政府の所在地として選ばれた
- ベルンには連邦議会と連邦政府が置かれている
- 正式な首都を定めない背景には、州の自立と均衡を重んじる連邦制がある
- 重要な国の機関はベルン以外の都市にも置かれている
- 一般的な地理クイズでは「スイスの首都はベルン」で正解
ベルンの少し曖昧に見える地位には、一つの都市へ権力を集めすぎないスイスの政治文化が表れています。
この記事に関するクイズ
第1問
ベルンの公式な呼び方として最も適切なものはどれでしょう?
- A. 王都
- B. 連邦都市
- C. 自治首都
- D. 国際都市
答え:
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正解:B. 連邦都市
ベルンはスイスの事実上の首都ですが、公式には「連邦都市」と呼ばれています。
第2問
ベルンが連邦政府の所在地に選ばれた年はいつでしょう?
- A. 1291年
- B. 1798年
- C. 1848年
- D. 1902年
答え:
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正解:C. 1848年
新しい連邦憲法が成立した1848年、連邦議会の投票によってベルンが選ばれました。
第3問
現在、スイス連邦議会と連邦政府が置かれている都市はどこでしょう?
- A. ジュネーブ
- B. チューリヒ
- C. ローザンヌ
- D. ベルン
答え:
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正解:D. ベルン
法律上の正式な首都ではありませんが、ベルンがスイス政治の中心を担っています。